|
山形仁王行脚です。1年半ぶりの山形県。 観音霊場が盛んな出羽の国、ここには出羽百観音として南部の「置賜三十三観音」、中央部の「最上三十三観音」、北部日本海沿いの「庄内三十三観音」という三つの観音霊場があります。 今回はその出羽百観音を中心に仁王行脚していこうと思います。 朝の5時に山形県内に入り、そのままの勢いで米沢市は置賜三十三観音十九番札所の笹野観音 幸徳院へ。 さすがに朝の5時半には境内はもちろん通りにも誰もいません。 心置きなく行脚開始です。 出迎えてくれたのは仁王門の中にある柵によってとっても見づらい仁王さん。 横から見るとこんな顔されています。 のっけから難易度の高い闘いとなりましたがめげずに次へ向かいます。 米沢市を北上していくと右手に仁王門発見! 偶然の仁王さんです。旧道を走行していると稀にこういったことがあります。 塩野毘沙門堂の仁王さん。 吽形さんの頭の上は角隠しでしょうか? 3組目、南陽市の置賜三十三観音十八番新山観音 珍蔵寺の仁王さん。 目が爛々とした仁王さんですね。 4組目、長井市の長遠寺の仁王さん。 こちらの仁王さんは、なんでも「日本三大黒仁王尊」のひとつとして挙げられているのだそうで、さぞや黒いのだろうと期待に胸を膨らませていってみると・・・ 意外に黒くなかったという・・・(笑) ズームしても・・・ やっぱりそんなに黒くない。 まあ身延山久遠寺の黒仁王しかり、目黒の碑文谷黒仁王しかり、黒仁王で有名な仁王さんに真っ黒はいませんからね。 5組目は置賜三十三観音に戻って九番札所の白鷹町は杉沢観音 永泉寺。 千羽鶴に身体中布だらけという、山形一信仰の篤い仁王さんですね。 6組目。ここからは最上三十三観音になります。 上山市の最上三十三観音十一番、高松観音 光明院の仁王さん。 以前最上巡礼の際に訪れたこちらのお寺には独特のポーズの仁王さんがいらっしゃいます。 エプロンに腕あてに頭巾までしてまるでいでたちは掃除屋さんですが、なんともオリジナルポーズがカッコイイ! 仁王像は誰が作ったか、いつ作られたか、とは違うところで魅力があるのです。 地方の仁王像ほど面白い。 7組目は山形の国分薬師堂の堂内を守る仁王さん。 これまた独特で、なんというか・・・ 「さあ!俺の胸に飛び込んで来いっ!さあ!」的な(笑) 8組目、山形市の曹洞宗 金勝寺。 曹洞宗なので曹洞ファミリーの仁王さんがいるのかと思いきや、そこにいらしたのは東大寺タイプの仁王さんでした。 山形には曹洞ファミリーは分布していないのか・・・そういえばまだ見ていない・・・。 9組目は山形仁王行脚のメインといえる山寺でおなじみの立石寺(最上三十三観音二番)。 何故にメインかというと山形一有名なお寺であることはもちろん、前回真冬だったので未踏なこと、それから仁王門に至るまで入山料がかかること、作者が運慶十三代の後裔平井源七郎の作と伝えられていること、めっちゃ登山をしなければいけないことなどから気合を入れて臨まなくてはいけません。 そしてひーこら言いながらたどり着いた仁王門には非常にカッコイイ仁王さんがいらっしゃいました。 うーん慶派の匂いがしますね〜。 山頂の五大堂はせりだしの展望台になっていて山形市を一望できます。 疲れも吹き飛びます。 メイン仁王を済ませたところで10組目、中山町の最上三十三観音十四番、岡観音 正法寺。 腰の前掛けがふんどしの金隠し状態ですが(笑)髪の毛フッサフサの仁王さんです。 11組目、寒河江市の曹洞宗 常林寺。 こちらもまた曹洞宗でありながら曹洞ファミリーではありません。 ファニーな仁王「ファニオー」風味をかもしだしていますが、このオリジナルポーズは高松観音と同じにみえます。 これを山形式と名付けたいと思います。 よく見るといい表情していますね。 初日のラストは寒河江の名刹慈恩寺の仁王さん。 慈恩寺は慈恩宗の本山という独立宗派の単立寺院です。 以前に訪れたのは2月で雪囲いがされており、横の隙間からしか見えなかったのですが、今回はリベンジできました。 いかにも江戸時代の金剛力士って感じです。 というわけで朝から突っ走った山形初日。 曇り空で行脚しやすかったのが良かったです。 合計12組24体でした。 2日目は何が待っているのやら・・・。 山形仁王行脚は続きます。 |
| << 前記事(2011/06/21) | ブログのトップへ | 後記事(2011/07/01) >> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2011/06/21) | ブログのトップへ | 後記事(2011/07/01) >> |