福島中通りの田村三部作

福島仁王行脚、浜通りから中通りに移動して、郡山市から田村市まで行脚しました。
最後にとんでもなく斬新な仁王さんが待っていようとは、この時点では知りませんでした。

この日のテーマはたまたまなのですが、「田村三部作」です。
「田村」とは、征夷大将軍として活躍した坂上田村麻呂のこと。蝦夷の反乱あるいは地方の賊や鬼の討伐に活躍する軍事的英雄として伝説に登場し、郡山周辺はこの田村にちなんだ神社、地名が沢山あるのです。

まず、田村三部作第1弾で向かった、郡山市の田村神社。鎮守山泰平寺が神仏分離令により神社となったとのことで、仁王門が残っています。大元師明王が本尊。

早速到着して、石段を駆け登り楽しみの仁王門を探すもみつからず・・・
どうやら違う田村神社に来てしまったようです。
キュートな狛犬がいたので一応撮っておきました。
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いきなり神社を間違えてしまい、ルートを検索し直すと、次は郡山市立美術館に。
前日、高速のSAで偶然フライヤーを発見し、入江泰吉さんの写真展が開催中だと知り、呼ばれているなということで仁王行脚の合間にねじ込むことにしていたのです。
結局スタート地点になってしまいましたが。
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奈良市と郡山市は姉妹都市なんだそうです。大和郡山ってのもありますからね。
本来は去年開催の予定だったそうですが震災で1年遅れで開催となりました。

ロビーにはこれまで泰吉さんの写真を使った奈良のポスターが陳列されていました。
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内容は前半四分の一が神社の写真、四分の一が花の写真、そして後半が仏像やお寺の写真。
書籍で見慣れた写真が多かったのですが、泰吉さんのポスターサイズの写真を観るのは初めてだったので、隅々まで目を凝らして見てしまい、気がついたら1時間半が経過していました(笑)

迫力のある土門さんの写真とは対称的に泰吉さんの写真は雰囲気がある写真。
土門さんがまるで野生動物の息遣いを一瞬に封じ込めたような撮り方であるのに対し、泰吉さんは人物の肖像画を絵に書くような感じとでもいいましょうか。
室生寺の釈迦如来像の横顔の写真でも、同じ構図であるのに全く違って見えます。不思議ですね。


泰吉さんの写真にパワーを貰って仁王行脚に戻ります。
考えたらこの日、まだ一組も会ってないんですね。

郡山市立美術館から数キロ移動したところに目的の田村神社がありました。
今度のは間違いなさそうです。
仁王門には大きな仁王さんがいらっしゃいました。裏側には随身像。
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見た感じ江戸時代の仏師による作だろうと思われます。なんというか乳首が主張していますね。。。
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吽形さん。挿し首になってるジョイント部分に大量のミツバチが出入りしていました。文字通り蜂の巣になっているようです。幼虫が木をかじったりしないか心配です。
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正統派で迫力のある仁王さんです。
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仁王門を潜ったら次に神楽舞台が左右にあります。中央は屋根で繋がっていてもう一つ門があるみたいな構造になっています。
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田村シリーズ第2弾は田村郡小野町の東堂山満福寺。徳一さんが開山したお寺とされています。

いかにも江戸仏師が彫ったとおぼしき関東でお馴染みのスタンダ江戸仁王さんがお出ましです。
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阿形さん。なんて普通の仁王さんなのでしょう。
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仁王さんは門の結構奥目に立っていて接写するのが大変でした。
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東堂山満福寺は別名「羅漢寺」とも呼ばれています。というのも・・・
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観音堂の右手奥には昭和・平成の五百羅漢がびっしり!
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うじゃうじゃ。
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こちらはラゴラさんでしょうか。
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とにかくびっしり。
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境内で飲酒は禁止です。
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もはや羅漢ではなく単なる全員スキンヘッドのバンド(笑)
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さて、田村三部作の最後は田村市の堂山王子神社。

 『延暦20年(801)、坂上田村麻呂が大多鬼丸を討つためこの地に下向し、小茅の御堂に六観音を安置して戦勝祈願したところ、大勝を得ることができ、大同2年(807)、田村麻呂が飛騨の巧匠を遣わして建てたのがその始まりとされています。
 もともとは、准胝観世音を本尊としてお祀りした堂山寺の観音堂で、創立年代は室町時代にまでさかのぼることができます。
それを裏付ける資料として、昭和43年~45年にかけて行われた本殿解体修理の際に、明応7年(1498)の銘がある巡礼納札が発見されています。
 また、田村麻呂と大多鬼丸との戦いで犠牲になった軍馬の霊を弔うために建てたともいわれ、馬の神としても広く信仰されていました。
付属する棟札からは、信者達によって長い年月守られ続けてきた観音堂の歴史を明らかにしてくれます。
 明治の廃仏毀釈の折、あやうく焼き払われるところでしたが、村に鎮座してあった王子神社の御神体(国狭槌之命)を観音堂に遷座したため、その難を免れることができ、明治3年(1870)に堂山王子神社と改称され現在に至っています。』
(と、ネットで拾った文をコピペして・・・)


ネットではさっぱり画像がみつからずどんな仁王さんがいるのか楽しみに来ると・・・



出た!青い仁王さん!
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ムダに青いです!なんだこれは?!
そして阿形さんブースには白馬が入り込んでいます。ホワイ?
そういえば軍馬の霊を弔う為に建てられたと書いてありましたね。
田村麻呂のお馬さんなんですね。
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吽形さんの手には宝剣らしきものが握られています。田村麻呂の剣ですね、きっと。
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仁王さんと白馬像は平成十三年に修復されているようですが、もともと青かったのでしょうか。
それにしても派手な着色。
田村麻呂というよりはなんか敵の大多鬼丸みたいな顔です。青鬼みたいな。
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小指がチャーミング。
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田村に始まり田村に終わった福島中通り仁王行脚ですが、
いやあ、面白い仁王さんがまだまだいるものですね。
さすが東北。

東北仁王行脚はまだまだ続きます。

この記事へのコメント

かくざん
2012年07月07日 16:00
うーん
赤い方はどちらも個性があって卓越した技術者による作でしょうが、青い方はとっても愛らしいですねw

カッコいいのもいいですがやはり気持ちがあったかくなる仁王さんはなべたけさんの眼力あればこそですね。
仁王さんのように目を見開いて探しておられるんでしょうね(^ ^)

いつも拝見してとても勉強になってます。
ありがとうございます。
渡辺丈士
2012年07月09日 15:43
かくざんさま

コメントしてくださりありがとうございます!
いつも某所ではお世話になります!

いやあ、東北の仁王さんは面白いですよ~。
出来の良いオーソドックスな仁王さんだとなんだかパンチが足りなくて、ついついガッカリしてしまう悪いクセが(笑)
でもこの日は期待を裏切らない出会いがあって、やっぱり東北は底知れないなあと思いました。

しかもオチの仁王さんはネット検索では画像が全然ヒットしなかったので、目の当たりにした時の衝撃は相当なものでしたよ♪馬までいるしw

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