福島県石川町 小松寅吉・小林和平の仁王

前日に急遽福島県の石川町に仕事で行く事が決まり、滋賀の実家に帰ろうかと思っていたのを取り止め、福島県石川町近辺の仁王行脚をすることになりました。

いろいろ調べてみると石川町出身で地元を中心に活躍した明治~昭和初期の石工・小松寅吉とその弟子小林和平の仁王というのが出てきたのでウキウキして向かいました。

寅吉と和平は狛犬を芸術の域にまで押し上げた名工だそうです。


まず、福貴作(ふきざく)という集落の公民館に祀られているとある仁王さんに会いにいきます。

ところがこの仁王さんがいる公民館の正確な位置・住所がいくら検索してもわからず、「まあ、近辺に行けば解るだろう」ということにして、とりあえず現地付近まで辿り着きました。

そんなに広い集落でもないのですぐにみつかると思ったのですが、車で界隈を散策するも一向にみつからず…。

そんな時に、郵便屋さんと農作業をしているおばあちゃんが小道で立ち話しをされているのをみかけたので、郵便屋さんなら知っているに違いないと、道を尋ねることにしました。

「すみません、道をお尋ねしたいんですが、この辺りに仁王さまが祀られている公民館ってありますでしょうか?」
と、訊くと、意外にも教えてくださったのはおばあちゃんの方で・・・
道を丁寧に教えてくださり、さらに面白い話しをしてくださいました。
なんでもそこの仁王さんはそのおばあちゃんのご先祖が彫ったのだとか!
てことは、小松寅吉の末裔ってことですか?!なんたるミラクル!


ということで教えていただいた道を行くと、そこには「福貴作集会所」という最近新しく建て替えられたばかりの(もしかしたら昨年の震災で倒壊したのかもしれませんが)小さな公民館がありました。

仁王さんはその建物の向かって左手にある公園の奥にひっそりと立ってらっしゃいます。
像高だけで2m、台座を含めると2m半もあろうかという想像以上に大きな仁王さんでした。
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この単独の仁王さんは寅吉が生前作りかけの状態で「失敗作」として地中に埋めてしまったもの。
それを彼の死後に町の人々が掘り出しここに祀ったのだそうです。
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躰の右側はまだ粗削りのままで、いかにも途中でやめてしまったのがわかります。
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さて、次に向かったのはお寺です。長福院という日蓮宗系のお寺。
お寺はかなり狭そうなので車は道を挟んで向かいの集会所の大きな駐車場に駐めて徒歩で向かいました。
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こちらには本堂の裏手に寅吉が彫った毘沙門天と和平が彫った仁王像があります。
バックが森なのでかなり雰囲気があります。
像高は1mちょっと程の小さな仁王さん。
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阿形さんと毘沙門天。
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吽形さん。右手がけっこう無理な角度です。
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「和東斎剣石」というのが和平の変名なのだそうです。
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後で知ったのですが、こちらの像は震災で2体とも倒れてしまったのだそうです。
台座はしっかりとコンクリで固められていました。
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寅吉の毘沙門天。
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まだ少し時間もあったので、近くの小野公園というこれまた地図に出てこない公園の和平が彫ったお不動さんに会いにいきます。
全くGoogle地図にもナビにも出てこない公園ですが、なんとかたどり着くとけっこう広い公園(というより広場)。
土手の中腹にお不動さんが祀られていました。
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確かに顔の感じが先の仁王さんによく似ています。
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髪の毛がフッサフサです。
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こちらにはちゃんと「小林和平」の銘が刻んでありました。
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現場に向かう途中で狛犬を見つけたので見てみるとちゃんと小林和平の名がありました。
こちらのほうが真骨頂です。
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関東の新しい石像仁王にはない手作りのぬくもりと魂を込めた職人の技がここにはありました。

仁王行脚は続きます。

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