福島南部の白いアイツ

石川町→会津→相馬(浜通り)→郡山(中通り)ときて、福島仁王行脚も仕上げの段階に入ってきた感があります。

意外にまだ未散策なのが白河市以南の栃木と隣接する村や町。
この辺りを改めて調べてみると、白河市そのものにはヒットしなかったのですが、
白川郡棚倉町に二組ほど該当したので向かいました。

棚倉町日蓮宗長久寺。
ここの山門は、かつてあった棚倉城の南門を移築し、仁王門に改築したそうで、中には白い仁王さんがいらっしゃいました。
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寺誌にはこの仁王尊のことについて「馬場村都々古別神社ノ本地仏維新ノ際託所火中ヨリ日要感得之右周旋人伊野下村」と記されているとのことです。
訳すと「馬場村の都々古別神社の本地仏を新しくお祀りする際に、日要(室町時代の僧)が火の中より感得して、右の伊野下村が仲介した」というところでしょうか。
とすると室町時代後期の像ということになります。

阿吽並べてみるとその作風の違いが顕著にわかります。
恐らく別々の時代に作られたものか、もしくは寺誌の最後に周旋人として書かれている伊野さんと下村さんが仏師のことで同時代にそれぞれ別々に彫ったともとれます。
別々の仏師が彫ったとする方がなんだかロマンがありますね。

阿形さんはいままで見たことのない独自のポーズ。ヨガチックな左手です。
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かたや吽形さんは筋肉隆々で金剛杵を振り上げています。面白いですね。
こっちの方がちょっと江戸時代ぽくみえますが、どうでしょう。
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この腕っ節!
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長久寺は鬼子母神が売りのお寺だそうで、雑司が谷の鬼子母神と同じく漢字の「鬼」の字にツノが無いです。
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次に向かったのは同じ棚倉町でももっと山の中に入った方で山本不動尊と呼ばれている石堂山徳善院明王密寺。

参道の途中に銅の仁王さんがいらっしゃいます。
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阿形さんナメで。東大寺タイプなので向かって左に阿形さん。
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今度は吽形さん方向から。
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本堂脇には震災からの復興を願った寄せ書きがビッシリ書き込まれた宝剣。
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奥の院は130段の石段を登った巌窟にあります。
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よくこんな所にお祀りしたなあと感心します。なんでも弘法大師の感得によるものだそうです。
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境内の花、その1。
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境内の花、その2。
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帰りの参道にて、仁王さんの後ろ姿。
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いわき周辺も、北の福島市の周辺も今年の初めまでにひと通り回っていますので、これでひとまず福島県の仁王行脚は完了です。
まあ、厳密には拝観予約が必要なお堂の中の仁王さんなどもあるにはありますが。

次は秋田、青森で東北制覇といきたいところです。

仁王行脚は続きます。

この記事へのコメント

かくざん
2012年07月07日 15:56
シュール仁王さんですね\(^o^)/
渡辺丈士
2012年07月09日 15:48
命名・シュール仁王、ありがとうございます。

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