信州仁王行脚その1 石仏シリーズ 万治の石仏

関東の千葉・東京・埼玉に次いで仁王門が多い長野県を仁王行脚することにしました。

長野県自体はもう何度も行脚しているのですが、今回は全くノープランで行き着いた先から検索しての仁王行脚。
自分でもどんな旅になるやらさっぱり予想がつきません。

さて、そんなノープランな初日、どんな仁王さんが待っているやら。

10月28日

1.白山神社
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八ヶ岳のサービスエリアで検索した結果、長野県茅野(ちの)市の白山神社に仁王さんを発見。

この辺りには地名にもなっている山寺がかつてあったといいます。
神社本殿内には千手観音像が安置され、境内の西側には毘沙門堂があります。
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鳥居の後ろの仁王門に納まる仁王さんには次のようないわれがあります。
 「昔山寺には一寺六坊の大きな寺と仁王堂があったが、武田信玄の時代破却され強引に神宮寺(諏訪)に持っていかれた。
 そんな事もあってか盗まれぬ様心し石にて、宝暦七年に造られたのが現在の仁王である。立像の高さは左右共二百五センチで、像の裏側に【石工、高遠藩片倉村佐治衛、弥四郎】と刻まれている」
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盗まれぬように石像にしたというのがなんとも良いではないですか。
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また信玄時代神宮寺に持っていった仁王さんは次のようないわれが。
「明治の廃仏毀釈の時、神宮寺より仁王は山寺より下ったものであると寺記にあるから引取るよう通知があったが実現せず、(諏訪市)湖南真志野の善光寺に現存している」

真志野の善光寺・・・神宮寺の仁王さん・・・どこかで聞いたことがあると思ったら以前ちゃんと会ってました。
上宮神宮寺の下り仁王門にいた仁王さん。
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諏訪善光寺の本堂の奥に今も確かにいらっしゃるのでした。
こんなところで繋がっているなんて!


2.宝勝寺
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茅野市宝勝寺の門前を護る石仏仁王さん。
曹洞宗のお寺で諏訪三十三ヶ所の霊場でもあります。

鐘楼門には宝暦5年(1755)七世官牛代作と伝わる石の仁王さんが立っています。
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吽形さんはなんとも痛々しい姿なのですが、これはかつて火災の折に鐘楼も焼け頭上の鐘が落下した名残なのだそうです。
こんな姿になろうとも大切にお祀りされているなんて素晴らしい。
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3.万治の石仏

下諏訪町に移動してちょっと仁王行脚はお休み。
向かったのはココ。
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万治(まんじ)の石仏。岡本太郎氏大絶賛の石仏阿弥陀如来坐像がおわします。
太郎氏の石碑も。
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売店の壁にはと岡本太郎に絶賛されたことをアピールする貼り紙が沢山貼られています。
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その石仏がこちら。畑の中にデデンと鎮座。
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信州のモアイだとか言われてもいます。
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縁起は
『「万治」という名の由来は万治3年(1660年)11月1日(石仏の胴部に刻まれている。他に「願主明誉浄光・心誉廣春」と刻まれているがこの二人は僧籍にも見当たらない)に造られたとされるところによる。伝説によると、諏訪大社下社春宮に石の大鳥居を造る為にこの石仏を材料にしようと鑿を入れたところ(その鑿は現存している)、傷口から血が出てきたため職人達は祟りをおそれ、その晩に職人達が夢枕で上原山に良い石材があるという夢を見て、その山に行き探したところ見つけることが出来職人達はこの石仏を阿弥陀如来として祀った』

うーん見れば見るほどプリミティブ♪
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ちゃんと(?)阿弥陀の印相が刻まれています。
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ティム・バートンはナイトメア・ビフォア・クリスマスのゼロのデザインのヒントをここから得たに違いない(←妄想)。
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ポスターにもなっています。なんかカッコイイ!
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というわけでこの日は石に始まり石に終わった信州仁王行脚初日でございました。

2日目の信州仁王行脚に続きます。

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    Excerpt: 信州仁王行脚その1 石仏シリーズ 万治の石仏 渡邊丈士の全国仁王行脚!/ウェブリブログ Weblog: フェラガモ 財布 racked: 2013-07-03 17:46